騎西(私市<きさい>)城を探る
騎西城には6つの曲輪<くるわ>がありました。本丸は騎西文化学習センター(キャッスルきさい)の北側にありましたが、現在は田になっています。二の丸は文化学習センターの北側の駐車場のあたりです。
馬屋曲輪<うまやぐるわ>とは三の丸のことで、文化学習センターの東側にありました。天神曲輪<てんじんぐるわ>は文化学習センターの南側入り口あたりで、城があったころ天神社<てんじんしゃ>がまつられていたので、その名前がついたと思われます。大手門<おおてもん>の西に書かれている二つの曲輪は“丸”とだけ書かれ、名前はなかったようです。
城は東西が約400m、南北が約400m、面積は約160,000m2(16ヘクタール)あり、騎西中央公園(3.1ヘクタール)の5個分の広さでした。
大手門の東には“元<もと>の久伊豆<ひさいず>”が書かれています。ここは 玉敷神社<たましきじんじゃ>があったところで、現在は前玉<さきたま>神社があります。城の南側には御蔵屋敷<おくらやしき>が書かれ、ここには米などを蓄えていた蔵が建っていたと思われます。
御蔵屋敷は、現在の騎西郵便局のあたりです。
なお、御蔵屋敷と城の間の堀の発掘調査では障子堀<しょうじぼり>が見つかり、堀から兜<かぶと>やさまざまな陶磁器が出土しています。