43 弁天様<べんてんさま>の湧<わ>き水
玉敷神社<たましきじんじゃ>の森の中に、弁天様<べんてんさま>の小さな祠<ほこら>があります。ここは昼でも暗く、小鳥のさえずりだけが辺りに響<ひび>いています。弁天様の周りは深い堀<ほり>で囲<かこ>まれ、まるで島のようにも見えます。堀にはコンコンと湧き水が流れ、不思議と水がなくならないといわれていました。
ある日のこと。1人のお婆<ばあ>さんが弁天様にやって来ました。そして、堀に目をやると、
「ああ、なんてきれいな水だろう。この水で風呂<ふろ>でもたてる(風呂を沸<わ>かす)ことにしよう」
と、弁天様に許<ゆる>しももらわず、水を持ち帰ってしまいました。
家に帰ると、弁天様の堀でくんだ水で風呂をわかしました。
婆さんは、「さあ、今夜は久しぶりに風呂をたてたから、みんなさっぱりしておくれ。なんせ〝お宮〟の湯だから、ごりやくがあるよ」と言いました。
家の者は不思議に思いながらも風呂に入り、最後にお婆さんの番になりました。風呂場に行ってみると、なんとそこには大きな白蛇が湯船<ゆぶね>の中から頭を持ち上げ、向かって来るではありませんか。驚いたお婆さんは「ギャー」という大声を出し、その場に倒れてしまいました。
悲鳴<ひめい>を聞きつけた家の者が駆<か>けつけてみると、風呂場には、ゆらゆらと湯気<ゆげ>が立ちこめていました。お婆さんが見たのは白蛇でなく、湯気だったのです。
しばらくして気がついたお婆さんは、「弁天様の水を無断で持ち帰ったバチがあたったのだ」と深く反省しました。
それ以来、弁天様へのお参りを欠かさなかったということです。