11 ブッチャリテェー
榎戸<えのきど>(上種足<かみたなだれ>)の十字路を東へ少し進むと、宝性院<ほうしょういん>という寺があります。寺の北側に〝丸池<まるいけ>〟という大きな池がありました。
この池は埼玉<さきたま>(行田市)の〝小埼ヶ沼<おさきがぬま>〟や新堀<にいぼり> (菖蒲町)の〝あぶらの池〟と並んで有名な池でした。池のまわりはたくさんの草がはえていて、昼でもさびしい場所でした。
ある晩のことです。丸池の近くを通ると、池の奥から「ブッチャリテェー、ブッチャリテェー」と、不気味<ぶきみ>な声が聞こえてきました。
それからというもの、毎晩<まいばん>のようにその声が続くので、その場所を通る人はいなくなってしまいました。
「池の主<ぬし>でも怒<おこ>ってんだべか」
「死んだ人がうらみ声を出してんじゃあねぇか」
「とりつかれでもしたら大変だ。クワバラ、クワバラ」
村中に、池のうわさが広まりました。しかし、誰一人としてその正体を見ようとする者はいませんでした。
そんな時です。〝砂<すな>っぱ〟と呼ばれる家の主人が、「ばけもんのお陰で、おちおち仕事もできやしねェ。俺がとっ捕<つか>めえてやるべェ」と言って、やってきました。
冷たい雨の降る夜でした。草鞋<わらじ>に蓑笠<みのがさ>という服装で、砂っぱの主人が、ばけもの退治<たいじ>にやってきました。腰には太い縄がしばってあります。主人は「フゥーッ」と大きく息をすると、気持ちを落ち着けて池の奥へと入っていきました。
すると、いつものように「ブッチャリテェー、ブッチャリテェー」と、不気味な声が聞こえてきました。
「ぶっちゃりたかったら、ぶって(背負<せお>って)やるぞ。さっさと出てこいっ!」
そう言って、腰をかがめました。
しばらくその格好<かっこう>で待っていると、背中に「ズシーン」と、重いものが乗りました。
「このばけものめ!」
すかさず腰にしばっておいた縄を取り出すと、自分の体ごとキリキリと何回も巻<ま>き付けました。「それッ!」と大急ぎで家に帰り、背中のものを降ろしてみると、なんと大きなムジナ(狸<たぬき>)でした。
「このいたずらムジナめ。今度だけは許<ゆる>してやるが、2度とやったら許さねぇぞ」
そう言って餌<えさ>を与えると、ムジナを逃<に>がしてやりました。
ムジナは、2,3度主人の方を振り返ると、森の中へと消えて行きました。
それからというもの、丸池から「ブッチャリテェー」という声は聞こえなくなったということです。