5 ガマの恩返<おんがえ>し
あるところに、気立てのやさしい父と娘が住んでいました。ポカポカと陽気<ようき>もいいので、2人連れ立って墓参<はかまい>りに出掛<でか>けることにしました。お参りを終えて、川のほとりを歩いていたときのことです。
川の向こう岸から、何やら苦しそうなうめき声が聞こえてきます。良く見ると、1匹の大蛇<だいじゃ>がガマを呑<の>み込もうとしているではありませんか。2人はなんだか、ガマがかわいそうになりました。
「蛇<へび>さん蛇さん、ガマを助けてやってはくれないか。なんでも、お前の望みをきいてあげるから」
大蛇はその言葉がわかったのか、ガマを放しました。危ないところを助けられたガマは二人に何度もおじぎをすると、草むらの中へ消えて行きました。
その夜のことです。
2人とも今日は良いことをしたと、いい気持ちになって寝ていたときです。「トン、トン」と何度も雨戸を叩<たた>く音がします。戸を開けてみると、立派な若者が立っていました。
「私は昼間の蛇です。約束通り望みのものを貰<もら>いに来ました。ついては、娘を嫁<よめ>にもらいたい!」
驚きのあまり、2人は言葉を失ってしまいました。ガマを助けたくてとっさに言ってしまったとはいえ、今さら嫌とは言えないし…。
「今すぐ嫁にくれと言われても困ります。いろいろ支度<したく>もありますから、明日の夜、また来てください」
2人はそう言って大蛇を帰しました。
さて、それからというもの、大蛇を逃<のが>れる方法をあれこれ考えましたが、なかなか良い考えは思いつきません。とうとう翌日の夜になってしまいました。
若者に身を変えた大蛇が、またやってきました。娘は泣く泣く大蛇の言うとおりにしました。
川のほとりまで行くと、小さな洞穴<ほらあな>がありました。穴の中を進むと、立派な門構<もんがま>えのある家に着きました。どうやら、ここが大蛇の家のようです。
娘は家に着くなり「今夜は結婚した夜だから」と、ありったけのお酒を大蛇に飲ませました。いつしか酔<よ>いが回った大蛇はすっかりいい気持ちになって、ぐっすりと寝てしまいました。この隙<すき>にと、娘は夢中で家を飛び出しました。
途中まで来ると、身なりの汚<きたな>いお婆<ばあ>さんに出会いました。
「娘さん娘さん、私はあなたに助けてもらったガマです。こんな夜中に、なぜそんな花嫁姿で慌<あわ>てているのですか」
娘はこれまでのことを話しました。
「それは申し訳<わけ>ないことをしました。でも、その姿では悪い奴に狙<ねら>われるかも知れません。私の家に寄って着替えて行ってください」
ガマは娘を家に案内すると汚れた着物を娘に着せ、身なりを悪くさせました。まるで鬼婆<おにばばあ>のような姿です。「これで安心」と思ったガマは娘を家に帰しました。
しばらくして、ガマが家を訪ねて来ました。
「大蛇はまだ眠っていますが、今のうちに次の手を打たないと大変なことになります。ついては蛇の嫌<きら>いなヤニ(タバコから出て、キセルやパイプなどにたまる液体<えきたい>)をたくさん欲しいのですが…」
そこで父親は急いでタバコを吸<す>うと、キセルにミゴ(籾<もみ>を取り除<のぞ>いた稲<いね>の穂先<ほさき>)をためました。何回も何回も同じ事をくり返して、夜明け近くにはヤニの付いたミゴがたくさん出来上がりました。
大蛇が目を覚ます前に、3人は急いで大蛇の家へ行きました。そしてヤニの付いたミゴを取り出して、洞穴<ほらあな>をしっかりとふさいでしまいました。ヤニの嫌いな大蛇は外へ出ようにも出られず、穴の中に閉じ込められてしまいました。
それからというもの、大蛇の姿を見た者は誰もいないということです。