飯積渡場


市指定史跡
住所:飯積新屋敷
所蔵・管理:加須市
指定年月日:昭和56年3月9日


加須市大越の伝承では、当地は古く穴咋と称しましたが、御諸別王が蝦夷征討で幾昼夜も大河を越えて進軍したため大越と改称したといいます。兵糧を募った所が麦倉、飯を炊いた地が飯積とされます。吉田東俉は利根川が飯積付近で分流し一方が大越・佐波間から阿佐間・鷲宮へ向かったと述べ、『回国雑記』も飯積・大越間の渡河と古河への行程を記します。飯積の渡場は諸国を結ぶ要衝で、文化伝播の拠点として遺跡が注目されます。