騎西城合戦物語
松山城(吉見町)救援に駆けつけた上杉謙信<うえすぎけんしん>は、すでに城が落ちたとの報に接し、怒りの矛先を小田助三郎<おだすけさぶろう>(朝興<ともおき>)の守る騎西城へ向けた。
しかし、城は四方を沼に囲まれた要害無双の地で、勝敗は容易に決しなかった。
謙信は高台に登り城内を窺<うかが>うと、本丸に架かる橋を往来する白い衣装を着た婦人の姿が、水面に映るのが見えた。
「もはや本丸・二の丸は女・童のみとみた。今夜にも攻め落としてみせようぞ」
城兵が外郭<そとぐるわ>に立て籠もっていると察知した謙信は、夜襲を画策した。
筏<いかだ>を組み、沼から二の丸へ押し入るや、竿に付けた提灯に火をともし、塀を一斉に叩いて鬨<とき>の声をあげた。
「それっ!ぬかるな、一人残らず撫で切りじゃ」
中にいた女・童は突然の襲撃に狼狽し、本丸へと橋の上を這って逃げまどう姿は敵の目にも哀れであった。
この騒ぎを大手口で耳にした城兵が一大事とばかりに二の丸へ目をやると、揺れ動く提灯の明かりがあたかも燃えさかる炎のように見えた。
「すでに二の丸は乗っ取られたか無念なり!」
すっかり動揺した城兵は一気に攻め込まれ、ほどなく城は落ちた。
時に、永禄<えいろく>六年(1563)、春まだ浅い三月のことであった。